① 読了後の第一印象
読み終えた直後、しばらく本を閉じたまま動けませんでした。
「すごい」という言葉しか出てこない、という経験をしたのは久しぶりかもしれません。
構成の妙、仕掛けの精巧さ、そしてそれを「本」という物体で実現してしまったことへの驚き——読書体験としては間違いなく、これまでで最も印象に残る一冊になりました。
本作を手に取ったきっかけは、SNSで「紙でしか読めない本」として紹介しているのを見かけたことです。気になりつつもしばらく積読状態が続いていたのですが、ちょうど表紙が春らしい雰囲気で、この季節に読むのがいいかもしれないと思い立ち、ページを開きました。
「紙でしか読めない」という謳い文句に、何かしら物理的な仕掛けがあるのだろうとは薄々察していました。ただ、その仕掛けがこれほどの規模で、これほど作品のテーマと結びついているとは、読み終えるまでまったく想像できませんでした。
ミステリーとして純粋に面白かったかと問われると、「物語の内容自体は読みやすく、普通に面白かったかな?」という答えになります。ただ、内容よりもギミックの衝撃が圧倒的に勝っており、読後の印象はほぼそちらに引っ張られています。それが良いか悪いかは、読む人によって意見が分かれるかもしれません。
② ネタバレなしレビュー
派手な女性関係で知られる有名ミステリ作家・宮内彰吾、その隠し子である燈真が物語の主人公です。ほとんど関わりのない父の訃報を受けた彼は、父の遺した「世界でいちばん透きとおった物語」というあるかも分からない原稿を探すことになります。出版社の担当者や異母兄、父の愛人たちと関わりながら、父という人物の輪郭を少しずつ明らかにしていく——というのが大まかな筋です。
ジャンルとしてはミステリーに分類されますが、謎解きに特化したいわゆるパズル型の作品ではありません。どちらかといえば、遺稿を探しながら「父親とはどんな人物だったのか」を探っていく人間ドラマとしての側面が強く、読み味は落ち着いていて読みやすいです。文章に過度な難しさや回りくどさがなく、すらすらと読み進められました。
ミステリーとしての推理パートは存在しますが、ガチガチに論理的な謎解きを期待する方には少し物足りないかもしれません。ただ、その曖昧さは作品の構造上、それで充分だと思いました。
本作の最大の特徴は、物語の内容よりも「本という物体そのもの」を使った仕掛けにあります。その性質上、電子書籍では体験できず、紙でしか読めない、という非常に特殊な一冊です。
ミステリー好きはもちろん、読書という行為そのものに興味がある方、本の形にこだわりを持っている方には特におすすめしたい作品です。内容については、事前情報はできるだけ少ない状態で読み始めることを強くおすすめします。
③ 作品情報・おすすめポイント
作品名:世界でいちばん透きとおった物語
著者:杉井光
本作は、「紙の本でしか読めない」という言葉そのままの、物理的な仕掛けを持つ唯一無二のミステリー小説です。作品のテーマと仕掛けが見事に一致しています。
ミステリーとしての魅力を整理すると、以下のような点が挙げられます。
- 本という物体を使った、他では絶対に味わえない仕掛け
- 読みやすく平易な文章で、ストレスなく読み進められる
- 父と息子の関係を軸にした、静かな人間ドラマ
- 背表紙の煽り文句が、読後に別の意味を持って響いてくる
こんな人におすすめです
- 「これでしか読めない」という体験を求めている方
- 紙の本が好きで、本という形式そのものに愛着がある方
- 人間ドラマとしても楽しめるミステリーが好きな方
- 読後に誰かと話したくなるような作品を探している方
④ ネタバレあり感想(※注意)
※ここからはネタバレを含みます。未読の方はご注意ください。
それではさっそく本作最大の仕掛けから。
ずばり「全ページの文章レイアウトが左右対称になっている」という点です。
つまり、どのページも右のページと左のページが鏡合わせになるよう組版されており、ページを光に透かすと、表と裏の文字がぴったり重なって見える——という物理的なギミックです。これが、タイトルの「透きとおった」という言葉と直結しています。
正直に言うと、読む前から「透かして見る系の仕掛けかな」とは予想していました。ただ、それが全ページにわたって施されているとは思いませんでした。種明かしのシーンで初めて気づき、手元の本のいろんなページを実際に光に透かして確かめたのですが、何度やっても信じられない気持ちになりました。こんなことが本当に可能なのか、と。
背表紙にある「あなたの見る世界は透きとおる」というコピーが、仕掛けを知った後に読むとまったく別の意味を持ちます。最初から答えは書いてあったわけです。
これは映像化難しいし、電子で読んだら全く意味がなくなってしまいますね。
翻訳も無理でしょう。
そして何より印象深かったのは、主人公の燈真が「世界でいちばん透きとおった物語」を探すのを読み進めている間、読者はすでにその物語を手に持って読んでいた、という構造です。「やられた」という感覚より、これを形にした著者と、実現に携わった編集者や製本に関わったすべての方への純粋な尊敬が勝りました。思いついても、普通は実行できない。
物語の内容についても触れておくと、父・宮内彰吾が主人公のことを愛していたというオチは、読み進める中でわりと早い段階で見えてきました。「やはりそうか」という感じで、驚きという意味では少し弱かった印象です。ただ、燈真が父を理解し、その上で自分自身の手で「世界でいちばん透きとおった物語」を書くという着地点は、静かに良かったと思います。
好き嫌いではなく、ただ理解した感じなのが良かったのかなと。
父親の宮内彰吾という人物については、人間としては普通に嫌いでしたが、物語の登場人物的には魅力的で「知りたい」と思わせる存在でした。
読み進めるうちに主人公と同じく知りたいという気持ちが生まれて読む手が止まらなかったのだと思います。
推理パートに関しては、やや強引に感じた部分もありました。ただ、作中でも「推測の積み重ね」という言葉で自覚的に語られており、この推理は論理的な正確さよりも主人公が納得することに意味があるのだと思って読んでいました。その解釈で読むと、最終的にはしっくりきました。
作者さんの作品は「神様のメモ帳」をアニメで見たことがあるくらいだったのですが、他の作品にも興味が湧きました。
世界でいちばん透きとおった物語2があるみたいなので、それはいつか読むと思います。
⑤ まとめ:ミステリーとしての感想
一言で言うなら、「本という形式そのものがトリックになっている、唯一無二の作品」です。
ミステリーとして謎解きの驚きを期待して読むと、物語の内容自体はやや平穏に感じるかもしれません。ただ、本作における最大の「謎」は文章の中にあるのではなく、手に持っている本そのものの中にありました。その意味では、これ以上ないほど真っ当なミステリーだったとも言えます。
読後、本棚に並べた背表紙を眺めると、改めてこの本が特別な一冊だと感じます。紙の書籍が持つ可能性をここまで押し広げた作品に出会えたことは、読書好きとして純粋に嬉しい体験でした。
再読はするかな?わからん。
するとしたら、仕掛けを知った上で視点を変えがら読む楽しみがあると思います。



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