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青春ミステリー『遠まわりする雛』レビュー&感想

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① 読了後の第一印象

短編集を読んだはずなのに、じっくりと青春の1年を終えたような気分になっていました。

古典部シリーズ4作目にあたる本作は、七つの短編からなる連作集です。
それぞれに独立した謎があって、テンポよく読み進められる。なのに読み終わると、ひとつの長編を読み切ったときと同じ重さの余韻が残っている。この感覚はちょっと不思議で、読後しばらく本を閉じたまま満足感にひたりました。

シリーズの既刊を順に読んできた流れで手に取ったので、特別な期待も身構えもなく始めたのが正直なところです。それがよかったのかもしれない。何も構えずに読み始めて、気づいたら登場人物たちの一年間をまるごと見届けていた、という感じです。

古典部シリーズを読んでいていつも思うのですが、このシリーズには読後に残るほろ苦さがあります。本作はそれが特に静かに、でもじわじわと効いてくる一冊でした。

② ネタバレなしレビュー

本作の舞台はこれまでと変わらず、とある地方の高校に置かれた部活「古典部」です。
主人公・折木奉太郎と、個性豊かなメンバーたちが、日常のなかに潜む小さな謎と向き合っていきます。

ジャンルとしては「日常の謎」と呼ばれるミステリーの系統に属します。血なまぐさい事件は起きません。登場人物が死ぬこともなければ、衝撃的などんでん返しがあるわけでもない。それでも読み進めるうちに、謎の輪郭がくっきりと浮かび上がり、解決の瞬間に不思議な爽快感が訪れます。

七つの話はそれぞれ独立した謎を持っており、テンポよく読み進めることができます。読みやすさという意味では、シリーズの中でも特に入りやすい一冊だと感じました。

雰囲気としては、全体的に静かです。派手な事件もなく、物語のトーンは一貫して落ち着いています。この静けさはシリーズを通じた持ち味でもあるのですが、「どんでん返し」や「スピード感」を求める読者にとっては、やや物足りなく感じる部分があるかもしれません。ここは好みが分かれるところだと思います。

一方で、登場人物たちの心理描写や関係性の変化には丁寧さがあり、読んでいるとじわじわとその空気に馴染んでいく感覚があります。静かな作品が好みの読者には、むしろこの落ち着いた読み味が心地よいはずです。

また、本作はシリーズの既刊を読んでいなくても単独で楽しめる構成になっています。登場人物の関係性や既刊の事件について軽く触れる描写も一部にはありますが、本作から読み始めても物語の流れを追うことに大きな支障はないと思います。軽くシリーズに触れてみたい方や、あまり小説を読み慣れていない方にとっても、手に取りやすい一冊です。

③ 作品情報・おすすめポイント

作品タイトル:遠まわりする雛
著者:米澤穂信
シリーズ:古典部シリーズ 第4作

本作は、日常の謎を中心に据えた青春ミステリーの連作短編集です。
七つの物語がそれぞれに謎と解決を持ちながら、通して読むことで一年間の時間経過と登場人物たちの変化が浮かび上がってくる、重層的な構成になっています。

短編集という形式ながらも読後感に長編的な奥行きがあり、古典部シリーズが持つ「ほろ苦い青春」の雰囲気が凝縮された一冊だと感じます。

こんな人におすすめです。

  • 古典部シリーズを読んでみたいけれど、どこから入ればいいか迷っている方
  • あまり小説を読まない方や、短めの作品から読書を始めてみたい方
  • 日常の謎系ミステリーが好きな方
  • 落ち着いた雰囲気の青春小説を探している方

シリーズ第1作の『氷菓』が一般的な入口として語られることが多いですが、短編集という読みやすさと単独での完結度を考えると、本作もシリーズへの入口として十分に機能します。
もし積読になっているなら、ぜひページを開いてみてください。

④ ネタバレあり感想(※注意)

※ここからは物語のネタバレを含みます。未読の方はご注意ください。

七つの話の中で特に印象に残ったのは、四編目の「心あたりのある者は」です。

この話では、主人公・奉太郎とヒロイン・千反田が「理屈と膏薬はどこにでもくっつく」という命題を巡って、ある種のゲームを始めます。

十月三十一日、駅前の巧文堂で買い物をした心当たりのある者は、至急、職員室柴崎のところまで来なさい

校内放送で流れたお知らせを題材に取り上げ、「簡単に理屈はくっつけることはできないと証明する」ゲームをすることに、という内容です。

この推論の連鎖が、読んでいてとにかく気持ちいい。贋札騒動にまで話が飛躍していく展開は一見荒唐無稽にも思えるのですが、各ステップの論理が丁寧に積み上げられているため、気づけば「確かにそうかもしれない」と納得してしまっている。無理やりではなく、腑に落ちてしまう推論の連鎖というのは書くのが難しいはずで、その爽快感は見事でした。

また、奉太郎の語る言葉のなかで特に印象的だったのが、「不慣れなやつほど奇を衒う」と「理屈と膏薬はどこにでもくっつく」という二つのフレーズです。どちらも警句として機能していて、読んだ後しばらく頭に残りました。奉太郎のこういう言いまわしが自然に会話の中に置かれているのが、このシリーズの文章の上手さだと思います。

あと里志が言った「両手に花でも一輪余ったよ」が好きでした。
女性三人をそう表現するのが里志らしい言いまわしだと作中でもありましたが、ミステリー表現とキャラクター表現が兼ね備えられてるいい一言だと感じました。

そして本作全体を通じて気になったのは、奉太郎の「省エネ主義」という信条の揺らぎです。奉太郎自身は一貫して「やらなくていいことはやらない」と口にしているのですが、読者から見るとシリーズの序盤に比べてその言葉と行動のズレが少しずつ大きくなっている。本作の終盤でも、奉太郎は自分の省エネ主義が脅かされていると感じているようですが、読んでいる側からすると「もうとっくにそうなっていますよ」という気持ちになります。その自覚のなさが、むしろ人物としてのリアリティを高めているように感じました。

アニメ『氷菓』は好きで何週も見ているのですが、小説で読むのもいい。
どっちもいい。

⑤ まとめ:ミステリーとしての感想

ミステリーとして一言で表すなら、「謎解きと青春が積み重なっていく作品」です。

各編の謎解きはちゃんと機能しているし、特に「心あたりのある者は」の推論ゲームは純粋に面白い。さらに読み終えて真っ先に思い返すのは、やっぱり奉太郎たちの変化のことです。省エネ主義を守ろうとしながら、少しずつそれが崩れていく様子。距離感が縮まっているのに本人が気づいていないような、あの感じ。そういうものが静かに積み重なっていた一冊だったと思います。

古典部シリーズ特有のほろ苦さが染みてくるのは、たいてい読み終えた後です。本作もそうで、ページを閉じてからじわじわと効いてきました。再読したらまた違うものが見えそうで、絶対また読みたいです。アニメをまた見返すのもいいかも。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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