スポンサーリンク

バズビーズチェアとは?呪いの椅子の真相と犠牲者一覧【実在】

記事内に広告を含む場合があります。

あなたは今、どんな椅子に座っていますか。

自宅のソファ、オフィスのデスクチェア、カフェの木製スツール。
椅子は私たちの日常に溶け込みすぎていて、その存在をわざわざ意識することはほとんどないはずです。

でも、世界には「座った者が次々と死んでいった」椅子が実在します。

イギリスの片田舎の博物館に、今も天井から吊るされたまま展示されている一脚の椅子。
1702年に死刑囚が吐いた呪詛から始まり、300年以上にわたって犠牲者を出し続けたとも言われるバズビーズチェアです。

犠牲者は一説には60人以上。
飛行士、パイロット、屋根職人……座った者は皆、不可解な死を遂げたと記録されています。

なぜ、たった一脚の椅子がこれほどの恐怖を生み出したのか。
そして科学はこの呪いを否定できたのか。
今回はバズビーズチェアの真相に、できる限り深く迫っていきます。

本稿で扱う「呪いの椅子」の多くは、史実と伝承が入り混じった存在です。
どこまでが事実で、どこからが物語なのか——その境界も含めて、お楽しみください。


バズビーズチェアとは?――300年続く呪いの起源

世界で最も有名な「呪いの椅子」として知られるバズビーズチェア。
正式名称は**「バズビー・ストゥープ・チェア(Busby Stoop Chair)」、別名「デッドマンズ・チェア(死者の椅子)」**とも呼ばれています。
現在はイギリスのノース・ヨークシャー州サースクにある博物館に保管されており、その展示方法は世界中のどの博物館とも異なる、ある意味で異様なものです。
しかしその話は後ほど。
まずはこの椅子が「呪われた」とされる、すべての始まりに遡りましょう。


死刑囚が吐いた「最後の言葉」

時は1702年。イギリス、ノース・ヨークシャー。

トーマス・バズビーという男がいました。
貨幣偽造に手を染める悪党で、地元では評判の良い人物ではなかったといいます。
ある日、バズビーは義父であるダニエル・オーティと激しい口論になります。

口論の発端については諸説ありますが、最も広く語られているのが

「オーティがバズビーのお気に入りの椅子に無断で座った」というものです。

たったそれだけのことが、取り返しのつかない惨劇を招きました。

激高したバズビーは、ハンマーでオーティを撲殺。殺人の罪で裁かれ、死刑を宣告されます。

そして処刑の直前、バズビーは「この椅子に座る者には、突然の死が訪れるだろう」という言葉を残したとされています。呪詛とも、捨て台詞とも取れるその言葉。
しかしその後、この言葉は不気味なほどの現実味を帯びていくことになります。

バズビーの遺体は処刑後、宿屋の近くのポスト(ストゥープ)に吊るされました。
その宿屋はやがて「バズビー・ストゥープ・イン」と名付けられ、問題の椅子は宿屋の中に置かれ続けることになったのです。


バズビーズチェア犠牲者一覧――60人以上の末路

「死刑囚の呪詛」という物語が広まるにつれ、椅子の周囲で不可解な死が積み重なっていきました。記録に残る主な犠牲者を見ていきましょう。

第二次世界大戦中、近くの基地に駐留していたカナダ人飛行士たちが、面白半分にこの椅子に座りました。その後の爆撃任務に出撃した彼らは、誰一人として帰還しなかったといいます。戦時中という状況を差し引いても、「誰も帰らなかった」という事実は重くのしかかります。

1967年には、イギリス空軍のパイロット2名が椅子に座りました。その数時間後、2人が乗った車は木に激突し、どちらも命を落としています。

1970年代に入っても犠牲者は続きます。屋根職人がこの椅子に腰掛けた後、作業中に足場から転落して死亡。さらに宿屋の清掃員の女性は、掃除中に誤って椅子にぶつかっただけで、その後脳腫瘍を発症して亡くなったと伝えられています。「座った」わけでもなく、「ぶつかっただけ」で死に至ったというのは、特に背筋が寒くなるエピソードです。

そして最後の犠牲者とされているのが、ビールの配送員の男性です。地下室に保管されていたこの椅子に座った直後、トラックの衝突事故で命を落としました。

これだけの犠牲者が出たことで、宿屋のオーナーはついに恐怖の限界を迎えます。1978年、オーナーはこの椅子をサースク博物館へ寄贈しました。
「もうこれ以上、自分の手元には置いておけない」という判断だったといいます。

犠牲者の総数は、一説には60人以上にのぼるとも言われています。


今もサースク博物館に「天井から吊るされて」いる理由

サースク博物館がこの椅子を引き取った際、館側はひとつの決断を下しました。

二度と誰も座れないよう、椅子を床から離して天井から吊り下げるという展示方法です。

通常、博物館の展示物は台座の上に置かれたり、ガラスケースに収められたりするものです。しかし天井から吊るすという方法は、単に「触れさせない」という物理的な防止策であると同時に、「この椅子は特別に危険なものだ」という意思表示でもあります。

博物館自身がその呪いの存在を、ある意味で公式に認めているとも言えるでしょう。この異様な展示形態そのものが観光客の関心を集め、バズビーズチェアの伝説をさらに強固なものにしています。

現在もサースク博物館を訪れれば、頭上に吊るされたこの椅子を見上げることができます。ただし、触れることはできません。そして当然ながら、座ることも。


科学はバズビーズチェアの呪いを否定できたのか?

300年以上にわたって語り継がれてきたバズビーズチェアの呪い。当然ながら、この伝説に懐疑的な目を向ける専門家たちも存在します。そして実際に、ある鑑定によって衝撃的な事実が明らかになりました。

家具の歴史を専門とする研究者がこの椅子を詳しく調査したところ、椅子の表面に機械旋盤による加工の痕跡が発見されたのです。

これが何を意味するのか。
機械旋盤が家具製造に広く普及したのは1840年頃のことです。しかしバズビーが処刑されたのは1702年。つまり、現在サースク博物館に展示されているこの椅子は、バズビーが実際に使っていた椅子とは別物である可能性が極めて高いということになります。

バズビーの死から、実に138年以上後に作られた椅子かもしれないのです。

では、この椅子の呪いは嘘だったのでしょうか。

必ずしもそうとは言い切れない、というのが正直なところです。ここで興味深いのは、物体が入れ替わっても、呪いの「効力」は失われていないという点です。科学的には別の椅子であると示唆されながらも、その後も椅子の周囲で不幸な出来事が報告され続けました。

これはある逆説的な事実を示しています。呪いの本質は、物理的な椅子そのものではなく、人々の間で語り継がれてきた「物語」の中に宿っているのではないか、ということです。

「バズビーズチェア」という名前と物語を知った人間が椅子の前に立ったとき、そこにはすでに強烈な先入観と恐怖が生まれています。博物館が天井から椅子を吊るすという異様な展示方法も、その恐怖をさらに強化するパフォーマンスとして機能しているとも言えるでしょう。

物語が強固であれば、器となる物体は入れ替わっても構わない。バズビーズチェアは、「呪い」というものの本質を逆説的に証明してしまった事例とも言えるかもしれません。


世界の「死の椅子」事例――バズビー以外にも実在する

バズビーズチェアは世界で最も有名な「呪いの椅子」ですが、実はこれだけが特別なわけではありません。世界各地に、座った者が不幸な末路を辿ったとされる椅子の伝承が存在します。その中でも特に有名な3つの事例を紹介しましょう。


アメリカ・フィラデルフィア|バレロイ・マンションの「死の青い椅子」

ペンシルベニア州フィラデルフィアに建つバレロイ・マンション
この屋敷の一室「ブルー・ルーム」に置かれた青い布張りのウィングチェアは、「死の青い椅子(Chair of Death)」と呼ばれています。

この椅子はかつてナポレオン・ボナパルトが所有していたとも言われる200年以上前のアンティークです。言い伝えによれば、18世紀から19世紀にかけて邪悪な術師によって作られたとされており、屋敷の持ち主であったジョージ・ミード・イーズビーはこの椅子に座った者が次々と急死したため、周囲にロープを張って立入禁止にしました。

家政婦が座った数時間後に倒れて亡くなり、イーズビーのいとこや友人も座った後に数週間のうちに命を落としたといいます。さらにこの椅子には「アマンダ」と呼ばれる霊が憑いており、赤い霧のような姿で現れては人を椅子へと誘惑すると伝えられています。ナポレオンの椅子に取り憑いた霊、という設定の重層的な不気味さは、バズビーズチェアとはまた異なる種類の恐怖を感じさせます。

なお、バレロイ・マンションは2012年に売却され、現在は個人の私有地となっています。一般公開はされておらず、現在この椅子がどこに保管されているのか、あるいは今もあの「ブルー・ルーム」に置かれているのかは、定かではありません。その所在が闇に包まれていること自体が、この椅子の不気味さをさらに際立たせているとも言えるでしょう。


スペイン・バリャドリード|大学が封印した「悪魔の椅子」

ヨーロッパの学問の場にも、禁忌の椅子伝説が残っています。スペインのバリャドリード大学に保管されているとされる椅子です。

1550年、解剖学の学生であったアンドレスという人物が所有していたこの椅子。彼は自宅の地下室で死霊術(ネクロマンシー)の儀式を行っており、この椅子に座っている間だけ悪魔から未知の医学的知識を授かることができたと供述したといいます。

知識と引き換えに魂を売るという、古典的な悪魔との契約の物語です。しかしアンドレスが火刑に処された後、この椅子に座った者は例外なく死に至るという噂が広まりました。誰もこの椅子を引き取ろうとしなかったため、最終的に大学が保管することになり、逆さまに吊るして封印したとされています。

バズビーズチェアと同じく「逆さに吊るす」という処置が取られているのは、偶然の一致とは思えない不思議な共通点です。


アメリカ各地の墓地|デビルズ・チェア

アメリカ各地の墓地には、石造りやコンクリート製の椅子が点在しています。「デビルズ・チェア(Devil’s Chair)」、あるいは「喪の椅子」と呼ばれるこれらの椅子は、もともと19世紀の遺族が墓参の際に座って故人を偲ぶために設置されたものでした。

しかし本来の目的が忘れ去られると、不気味な伝説が付け加えられていきます。真夜中やハロウィンの夜にこの椅子に座ると、地下から手が伸びてきて引きずり込まれる、あるいは一生分の不運が降りかかるといった「度胸試し」の対象となっていきました。

中でも特に異色なのが、フロリダ州カサダガの墓地にまつわる報告です。この椅子に未開封のビール缶を置いておくと、翌朝には中身だけが消えているというのです。ビールを好む霊、あるいは生者と死者の境界線上に存在する何者かの仕業とも囁かれており、現代的な怪異として今もSNSで語り継がれています。


なぜ椅子は呪われるのか?――心理学から読み解く怪異のメカニズム

バズビーズチェアをはじめ、世界各地に「呪いの椅子」伝説が存在することは分かりました。しかしここで一度立ち止まって考えてみましょう。
なぜ数ある家具の中で、これほど「椅子」に呪いの物語が集中するのでしょうか。実はそこには、人間の認知の仕組みと、椅子という家具が持つ独特の象徴性が深く関わっています。


椅子は「人間の分身」になりやすい

まず注目したいのは、椅子という家具の持つ物理的な特性です。

椅子は人間の身体の形に合わせて設計されており、座るという行為は人間が最も無防備になる瞬間のひとつです。疲れたとき、眠いとき、考え事をするとき――私たちは椅子に身を委ねます。このため椅子は他の家具よりも「持ち主の分身」として認識されやすい傾向があります。

バズビーが「自分のお気に入りの椅子」に義父が座ったことで激高した、というエピソードはこの心理を象徴しています。椅子への強烈な執着は、そのまま「死後も自分の椅子を守ろうとする霊」という物語へと自然に発展します。特定の椅子に座ることが「権利」や「所有」を意味するからこそ、その権利を侵した者への報復という構図が生まれやすいのです。


人間の脳は「偶然」を「意図」に変換する

次に重要なのが、**代行検知(Agency Detection)**と呼ばれる人間の認知バイアスです。

人間は生存本能として、周囲の現象に「誰かの意図」を感じ取る能力を発達させてきました。草むらが揺れたとき、それが風なのか獣なのかを素早く判断するためです。この能力は生存に有利である一方、意図のないところにも意図を読み取ってしまうという誤作動を起こします。

椅子に座った後に事故が起きたとき、私たちの脳は「それは単なる偶然だ」とは処理しにくいのです。代わりに「椅子の意志が働いた」「呪いが発動した」という物語を作り上げることで、予測不能な恐怖に名前を与え、理解可能なものへと変換しようとします。

さらに確認バイアスも重要な役割を果たします。
一度「呪いの椅子」というレッテルが貼られると、その椅子に関連する悪い出来事だけが記憶され語り継がれます。椅子に座って何事もなかった人間が何百人いたとしても、その事実は物語に残りません。「座って無事だった人」の記録は存在しないのです。


物語こそが呪いの正体である

科学的鑑定によってバズビーズチェアが「別の椅子」である可能性が示されながらも、呪いの伝説が今も生き続けているという事実は、ある重要なことを示しています。

呪いの本質は物理的な物体ではなく、人々の間で語り継がれる「物語」そのものにあるということです。物体が入れ替わっても、物語が強固であれば呪いは持続します。そしてサースク博物館が椅子を天井から吊るすという異様な展示形態を選んだことは、博物館自身が呪いの存在を肯定するパフォーマンスとして機能し、伝説の寿命をさらに延ばし続けています。

私たちが「呪いの椅子」を怖いと感じるとき、私たちは椅子を怖がっているのではなく、人間が何百年もかけて積み上げてきた「恐怖の物語」を怖がっているのかもしれません。


まとめ|バズビーズチェアの呪いは「本物」なのか

バズビーズチェアの起源から犠牲者の記録、科学的鑑定、そして世界各地の類似事例まで見てきました。最後に、この問いに向き合ってみましょう。

バズビーズチェアの呪いは、本物なのでしょうか。

科学的な答えは明快です。
現在展示されている椅子はバズビーが使っていた実物ではない可能性が高く、犠牲者とされる死の多くは戦争や事故という時代背景で説明できるものです。確認バイアスによって「座った後に死んだ人」だけが記憶され、語り継がれてきた側面も否定できません。

しかし同時に、こうも言えます。

300年以上にわたって人々を恐怖させ、博物館が天井から吊るすという異例の対応を取り、今もなお世界中から見物客が訪れる――その事実そのものが、この椅子の「力」の証明ではないでしょうか。呪いが物語である以上、その物語を信じる人間がいる限り、呪いは本物として機能し続けます。

椅子は今日も、サースク博物館の天井から静かに吊るされています。
誰も座れない高さで、誰かが見上げてくるのを待ちながら。

あなたが次に何気なく腰掛けるその椅子。
前に座っていた人間が、その後どうなったか――知る方法は、ありません。

コメント